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福岡高等裁判所 昭和55年(う)229号 判決 1980年7月01日

被告人 李萬壽

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高良一男提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意第一(事実誤認)について。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、被告人が朴成寛と共謀のうえ、原判示日時ころ、博多港中央埠頭第二号岸壁に停泊中の韓国カキ殻運搬船第一金魚号から、原判示覚せい剤を陸上げしてこれを本邦内に持ち込んだことが十分認められる。

所論によれば、被告人は右陸揚げ当時、原判示覚せい剤が覚せい剤であることの認識がなかつたものであるというのであるが、証拠上明らかな被告人の韓国船員としての経歴と右陸揚げ当時における本件覚せい剤の量、形状及び包装状態並びに被告人のその直後の行動に照らし、かつ被告人の捜査当初から原審公判廷における供述に至るまでの供述の各態様と変遷にかんがみれば、被告人が右陸揚げ当時原判示覚せい剤について覚せい剤であることの認識があつたことを肯認するに十分であり、被告人の原審公判廷における供述及び捜査官に対する各供述調書中所論に副う部分はとうてい信用し難いところである。

したがつて、原判決には所論のような事実誤認の違法はなく、記録を精査しても原判決が採証を誤りひいて事実を誤認したことを窺うことができない。論旨は理由がない。

ところで、職権により原判決の法令の適用をみるに、原判示第一の覚せい剤の本邦内への持ち込み輸入にかかる覚せい剤取締法違反の所為と原判示第二の税関長の許可を受けないで右覚せい剤を輸入した関税法違反の所為の罪数に関し、原判決は、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合(観念的競合)であるとして処断したことが明らかである。

しかしながら、覚せい剤取締法一三条に規定する輸入とは、同法の立法趣旨に照らし、覚せい剤を外国から本邦に搬入する行為自体をいうと解するのが相当であり、これに対し、関税法一一一条に規定する輸入とは、保税地域を経由する場合においては、外国から本邦に到着した貨物を保税地域を経て本邦に引き取ることをいうと解すべきことは同法二条一項一号の定義に照らし明らかなところである。そして、本件は、船舶に覚せい剤を積載し、保税地域の岸壁に接岸して保税地域内に陸揚げし、保税地域を経由し、通関線を突破して本邦に引き取つた場合であるから、船舶から右覚せい剤を陸揚げしたときにおいて外国から本邦内に覚せい剤を輸入したこととなり、続いて、これを持つて保税地域を経由し通関線を突破して保税地域外に搬出した時に無許可輸入罪が既遂となるのであつて、右にみるように、両行為は実行行為において重なり合うことのない別個の行為であり、したがつて、覚せい剤輸入罪と無許可輸入罪は併合罪の関係にあると解するのが相当である。してみれば、両罪をもつて観念的競合として処断した原判決は法令の適用を誤つたものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。

そこで、弁護人の控訴趣意第二(量刑不当)については判断するまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の所為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条一項一号、一三条に、原判示第二の所為は刑法六〇条、関税法一一一条一項にそれぞれ該当するところ、原判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い原判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限に従つて法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本茂 畑地昭祖 矢野清美)

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